継母の虐待に堪えた美しい姫中将姫(ちゅうじょうひめ)と当麻寺(たいまでら)

第一話

天平19年(747年)中将姫は、藤原豊成(藤原鎌足の曽孫)の子として生まれたが、5歳の時、生母と死別した。

継母の照夜の前(てるよのまえ)は姫を憎み、亡き者にしようと悪計をたくらんだ。

天平宝字4年(760年)、照夜の前は、家臣の松井嘉藤太を金銀で誘い、姫を宇陀郡の日張山で殺すように命じた。

人里離れた山奥で白刃を突きつけられた姫は、最後の願いとして経を読むことを請い、亡き母の菩提を弔い、父と継母の安穏(あんのん)を、祈った。

これを見た嘉藤太は、太刀を投げ捨て、姫をかくまった。
姫は”命が助かったのは仏様の御陰”と感謝し、当麻寺に入った。
そして、姫は、阿弥陀仏と観音さまの導きによって、大曼陀羅(まんだら)を織り上げた、という。

当麻寺には中将姫物語を伝える史料が数多く現存している。