将軍・諸国大名の茶道指南役
片桐石州(かたぎりせきしゅう)と慈光院(じこういん)

第八話
 

茶道石州流の祖・片桐石州は、土木普請奉行として、大和河内1万数千石を領する江戸初期の大名であったが、また、徳川四代将軍家綱の茶道師範として幕府につかえた茶人(ちゃじん)でもあった。

大名の間で盛んに行なわれた石州流の特色は、町衆にはない大名の風格を備えた「わび茶」にあり、この彼のひらいた茶境をたたえて、当時 ”世に茶は石州流、剣は柳生流”とまで言われたという。

隆盛を誇った武家貴族文化の粋の最高指導者として天下に名をなした石州は、寛文3年(1663年)当院を建立して以来、その生涯をとじるまで大和郡山市小泉町の慈光院で、高度な「わび」の文化・芸術を練(ね)り続けた。

現在、当院に残る茶室や書院、庭園などに、石州の禅と茶の境地「わび」の精神が伝えられている。