河内西国三十三ヶ所観音霊場巡り(第21番〜第30番)

第21番 (上の太子)  <御本尊>如意輪観音   真言宗単立
〒583-0995
大阪府南河内郡太子町太子2146
TEL 0721-98-0019
<交通>
◎近鉄南大阪線喜志駅下車バス太子前下車。
<年中行事>
1月元旦〜3日 修正会
3月21日 彼岸会
4月11日12日 聖徳太子お会式
毎月11日 聖徳太子会
毎月21日 弘法大師会
推古天皇8年(600年)秋9月聖徳太子諸国を巡啓の折、磯長の里は、天下にならぶものない霊地とさとられてその後20年、自ら御墓をきずかれ、推古天皇30年(622年)2月22日斑鳩宮でなくなられ、御遺命に従って、母間人皇后と妃の御三躰をここに葬られた。その後、永くご冥福を祈るために推古帝は、この地に香華寺をお建になり、これが叡福寺のはじまりで、聖武天皇の神亀元年(724年)勅願で七堂伽藍が大成されました。
聖徳太子御廟所として、古くより上の太子、御廟寺等色々な愛称で人々から親しまれ、参拝されています。
第22番   <御本尊>聖観音   真言毘盧那宗
〒579-8024
大阪府東大阪市南荘町14-20
TEL 0729-85-1185
<交通>
◎近鉄奈良線額田駅から西へ徒歩15分
<年中行事>
毎月8日 薬師さん
毎月21日 御大師さん
古代聖徳太子がこの地に額安寺として建立されたが災厄にあい、奈良時代に道慈律師により再興された。その後額田の王女の氏族の寺として建立されたが、それも災厄により焼失、今日に至る。旧跡にあった大塔は豊臣秀吉により四天王寺に移築されたと伝えられている。この由緒ある寺を真言宗祖弘法大師が高野山と京の東寺への往還の途次、宿寺として定められ御身を休められた所と伝えられている。よってここを大師の足跡の伽藍として史跡霊場と定められた。
昭和14年失火のため失われた本堂は目下再建のはこびである。
第23番   <御本尊>聖観音   浄土宗
〒579-8027
大阪府東大阪市東山町11-17
TEL 0729-81-2854
<交通>
◎近鉄奈良線額田駅から西へ徒歩15分。
<年中行事>
1月元旦 修正会
3月21日 春彼岸施餓鬼会
8月16日 盆大施餓鬼会
8月23日24日 地蔵盆
9月23日 秋季彼岸施餓鬼
12月25日 お身拭式
12月31日 除夜の鐘
観音堂の本尊は開運厄除安産東向正観世音と称し、以前は秘仏としてお厨子の扉を開けなかった。
衆生の厄難を救うためには扉の中にいてはと覚し召したのか、ある夜大工の源兵衛の夢枕にお立ちになり「我を伴い諸国を行脚せよ」とお告げになった。不思議にも同じ夢を見た住職の許しを得て、尊像を背負い諸国霊場をめぐった。行く先き先き産婦の安産授乳や厄難排除等霊験あらたかな出来事が相次ぎ、そのため利益を受ける人々が多数にのぼった。数年後再び観音堂に開扉して安置され大衆に深く信仰され続けている。
第24番  <御本尊>千手観音神変大菩薩   真言毘盧那宗
〒579-8032
大阪府東大阪市東豊浦町1823
TEL 0729-81-8211
<交通>
◎近鉄奈良線枚岡駅または額田駅から東徒歩60〜70分。急坂・難所。生駒信貴ドライヴェー暗峠バス停から約15〜20分。
<年中行事>
1月8日 初護摩供
1月21日 初大師
2月4日 節分会
3月18日 役の行者戸開式
8月13日 お盆詣り
8月21日 施餓鬼法会
9月18日 役の行者戸閉式
12月18日 納護摩
髪切山慈光寺は役行者の開基にかかる名刹なり。天智天皇の御宇役行者生駒山にて鬼賊を捕え力のほどを試し見給うに優に千人力を有せり。行者ひそかに欣び給いかえりて先づ彼等が髪を切り、その由緒をもって髪切山と称す。慈光寺建立に使役し給えり。行者は慈光寺建立の後も彼等の常随を許し給い、名づけて前鬼後鬼という。後弘法大師同寺へ御巡錫の砌り寺前の観音ヶ嶽の山腹より慈光の輝くを見給い自ら発堀し給へば金色まばゆき観世音の像現われ給えり。大師はこれぞ稀有の霊地ぞとて久しく錫をとどめ給う。同寺は古来より時鳥の名所なり。 
第25番   <御本尊> 十一面観音   融通念仏宗
〒581-0872
大阪府八尾市郡川5-151
TEL 0729-41-6254
<交通>
◎近鉄大阪線信貴山口駅から北西へ徒歩5分
<年中行事>
毎月17日 観音講づとめ
春秋 彼岸法要
8月8日 法界大施餓鬼
当寺は阿彌陀如来を本尊とする念仏の道場である。開基は不明であるが、旧本堂は元禄2年常蓮社念誉上人の再建になり、今の本堂は大正13年に再建されている。
元文年間に観音菩薩の篤信者持兵衛なる者の寄進による十一面観世音菩薩は霊験あらたかで往昔より近在の人々の尊崇をあつめている。
なお大覚世尊、普賢文珠并に十六羅漢の像および地蔵菩薩等をもまつっている。
第26番   <御本尊>十一面千手観音   真言宗醍醐派
〒579-8012
大阪府東大阪市上石切町2-1533
TEL 0729-81-2004
<交通>
◎近鉄奈良線石切駅から東徒歩40〜60分。急坂・難所。生駒山上から西へ下り徒歩30分。
<年中行事>
1月元旦 修正会
2月3日 節分会
3月 彼岸会(春季)
4月1日 大般若会
9月 彼岸会(秋季)
10月1日 大般若会
約1300年前、舒明天皇の頃役行者小角により開創其の山容如来説法の霊鷲山に似ているところより鷲尾山と名づけらる。氷室権現より授かりし歓喜天を安置し堂宇を建立せらる。後元明天皇の頃僧行菩薩により栴檀の香木により一刀三礼の千手観音像を刻まれ本尊とす。弘仁6年には弘法大師も当地に修行され、後々も七堂伽藍を整備せられ人々の救済につくす。
以降、再々の兵火風水による被害を蒙り変遷せしも現在に至る。けだし歓喜天の日本最初の根本霊場として知られる所以なり。醍醐派にして別格本山に叙せらる。
第27番   <御本尊>千手観音   融通念仏宗
〒579-8013
大阪府東大阪市西石切町2-8-46
TEL 0729-87-6324
<交通>
◎近鉄奈良線石切駅西徒歩30分。同瓢箪山駅またはJR学研都市線住道・四条畷駅からバスで石切神社前下車西徒歩5分。
<年中行事>
3月15日 御本尊御回在
3月中日 彼岸会
8月17日 施餓鬼会
9月中日 彼岸会
当寺は、かって聖徳太子が同地に七堂伽藍を具備する法通寺を建立遊ばされしが、足利氏の未葉兵火にかかり廃寺となる。直ちに残木あるを幸いに再建され、観音寺と号す。永仁2年(1194年)造立十三重塔、「水走文書」により中世以来の由緒を持つ。延享年間(1744〜1748年)元興和尚観音経一誦一刀作による千手観音と33体の観世音菩薩を祀る。この徳により著しき霊験と共に寺名益々高まる。土踏めば諸病に効く観音寺として名高く古来参拝人多し。往年より観世音の夢告による霊薬「腹養丸」は衆人の希望により現在も置く。
第28番   <御本尊>十一面観音   黄檗宗
〒579-8003
大阪府東大阪市日下町8-3-57
TEL 0729-81-5817
<交通>
◎近鉄奈良線石切駅から北へ徒歩15分。
<年中行事>
4月3日 開山忌
元禄6〜8年(西暦1793〜5年)にかけて建立され瑞雲山と号し、黄檗宗万福寺末寺で釈迦如来を本尊とする。古来聖徳太子の開基といわれ嚴松寺と号し、俗に日下の「くわんのん」と称し十一面観音を本尊として村人の尊崇をあつめていたが、黄檗の高僧、泰宗和尚は大阪の豪商天王寺屋吉兵衛とはかりその浄財寄捨によって堂宇を再建、泰宗はその師恵極を開祖とし、自ら第二世となった。檀越の常悦居士と共に開山堂にその像がまつられている。
第29番   <御本尊>十一面観音   融通念仏宗
〒579-8001
大阪府東大阪市善根寺町6-1-26
TEL 0729-81-1281
<交通>
◎近鉄奈良線石切駅西北へ徒歩30分。同瓢箪山駅またはJR学研都市線住道・四条畷駅からバスで善根寺下車東へ徒歩5分。
<年中行事>
1月元旦 修正会
3月 彼岸会
3月 御回在
5月 永代祠堂施餓鬼
8月 法界施餓鬼
9月 彼岸会
当寺は聖徳太子の祈願建立による善根寺の跡であって、古来より寺号を善根寺と称したが、明暦年間に至って僧霊達上人来住し、寺号を菩提寺と改称した。如上の通り仏教弘通の道場である。
江戸時代の高僧楽山上人は、「住む里の名にたがはじや法の師は善き種ひろふ後世の菩提寺」と歌われた。
第30番   <御本尊>聖観音   曹洞宗
〒577-0007
大阪府東大阪市稲田本町3-27-12
TEL 06-6745-7778
<交通>
◎JR学研都市線徳庵駅から南へ徒歩10分。近鉄奈良線小阪駅から徳庵方面バスで徳庵下車西へ徒歩5分。
<年中行事>
12月31日1月元旦〜3日 初詣り
2月3日 節分星祭り
3月21日 涅槃会
5月8日 花まつり甘茶せったい
10月9日〜10日 鎮守大祭 開山忌
圓通山観音禅寺は、應永元年臨済宗妙心寺二世授翁宗弼が建立の大伽藍であったが、兵火に遭い灰燼に帰す。のち大松の根元の土中より三尺八寸の聖観音出現し、永享元年より四辻に御堂を設けていたが、慶安元年高徳右平道者の実弟播州三木城主鈴木三九郎重成を大施主と仰ぎ再興、石平和尚を開基とする。
以来女人祈願多く、特に安産に霊験著しく、濃州岩村城主丹羽式部少輔氏定公の内室、当観音に祈願し、玉の如き男子を得た欣びで報恩の為唐金寝釈迦像・涅槃図と梵鐘(府文化財指定)を寄進す。
播州妙仙寺末で曹洞宗。金比羅宮在交通祈願・安産祈願年中殊の外多い。