河内西国三十三所観音霊場巡り(第11番〜第20番)

第11番   <御本尊> 聖観音   融通念仏宗
〒581-0883
大阪府八尾市恩智中町4-164
TEL 0729-43-7070
<交通>
◎近鉄大阪線恩智駅から東へ徒歩8分。
<年中行事>
1月6日 新年節分
3月 春の彼岸法要
4月 本山御回在
8月17日 施餓鬼法要
9月 秋の彼岸法要
9月24日 来恩寺本堂建立 記念法要
近鉄恩智駅より東へ300メートル。恩智神社の鳥居を越えたところに江戸中期より来福寺として小さなお堂があった。明治39年、現在地より東南200メートル生駒山系の中腹にあった恩覚寺と合併する。
以来、来恩寺と称するようになった。来恩寺としての歴史は浅いが、来福寺、恩覚寺より移された阿彌陀如来立像一体及び座像の一体は、現在も本尊両脇に安置され、限りない智慧と限りない慈悲をもって今も見守っておられる。観音像は移転の際、いたみがひどく現在は本堂に安置されず、観音画像をまつっている。
第12番   <御本尊> 十一面観音   高野山真言宗
〒581-0883
大阪府八尾市恩智中町5丁目14
TEL 0729-43-7226
<交通>
◎近鉄大阪線恩智駅から東へ徒歩20分。
<年中行事>
2月3日 星祭
3月22日 彼岸会
8月10日 千日まいり
9月22日 彼岸会
当寺は、もと恩智神社をお守りする別当坊であり、六坊の筆頭坊であったという。
神武天皇東征の砌り、天皇身をひそめて難をまぬがれし大樹を、母の如き恩ある木として「母木」と名づけ、この木のある里名を母木里と呼ぶ。後に聖徳太子、仏師に命じてこの木をもって十一面観音の像を作らせこの寺に安置す。当尊は、今は平安時代の作として重要文化財の指定をうけている。
当院には、江戸時代後期、愛石の築きし庭園があり、正面に蓬来山、奥の三角の石は鶴の羽を広げた姿、他に亀の石、池の中央には宝船になぞらえた石等があり、さつきの咲く頃は一層の雅趣をそえる名園として親しまれている。
第13番   <御本尊> 善光寺如来   融通念仏宗
〒581-0881
大阪府八尾市垣内4-41
TEL 0729-41-0550
<交通>
◎近鉄大阪線高安駅から東南へ徒歩25分。
<年中行事>
3月21日 春季彼岸会
4月16日 春季おつや
4月17日 春季御開帳
8月19日 大施餓鬼
9月16日 秋季おつや
9月17日 秋季御開帳
9月24日 秋季彼岸会
往昔、推古天皇の御時、信濃国の本田善光は難波の堀江に於て、一光三尊阿弥陀如来(善光寺如来)を感得して信濃へ帰る途中、この垣内に一泊した。その折、如来より種々の霊験を受けたので、仏法有縁の地としてその当時より、御分身如来を本尊として安置したのが当寺の始りである。
その後、本田善光再び当寺に来り、楠・梅・柿を手植したと伝える。楠は現存し樹幹およそ七米の大樹となり「奇特の楠」と称し、現在大阪府天然記念物に指定されている。梅は「不断梅」、柿は「信濃柿」と称し、爾来相伝えていたが、梅はおしくも度々の大風等のため枯朽した。
第14番   <御本尊> 聖観音   黄檗宗
〒581-0874
大阪府八尾市教興寺558
TEL 0729-41-1670
<交通>
◎近鉄大阪線信貴山口駅から南へ徒歩15分。
<年中行事>
1月元旦〜3日 新年祝聖
2月15日 ねはん会
2月22日 太子会
3月21日 春の彼岸会
4月8日 降誕会
8月15日 孟蘭盆会
9月24日 秋の彼岸会
12月8日 成道会
聖徳太子14才の時(587年)、仏教受容の可否をめぐって蘇我氏と物部氏の戦いがあった。
崇仏派の蘇我氏は三たび敗退を余儀なくされたが、軍陣に在った太子は夢告によって山中のヌルデの木をもって四天王像を刻み、兵士の髻につけて戦い、ついに勝利を得、ここに仏法興隆の基がきずかれた。
太子は後日このヌルデの大木の在った地に観音像を祀られたが、これが当寺の始まりである。
その後、寛文年間に黄檗開山隠元禅師がこの地に巡錫され弁財天像と歓喜天像を併祀、寿福山の山号を染筆されたのである。
第15番   <御本尊> 十一面観音   融通念仏宗
〒581-0874
大阪府八尾市教興寺7-110
TEL 0729-41-6648
◎近鉄大阪線高安駅から東へ徒歩20分。
<年中行事>
1月元旦〜3日 修正会
3月中 彼岸会(英霊追悼会)
8月16日 施餓鬼会
9月中 彼岸会
10月14日 十夜会
毎月18日 観音講
11月最終日曜日 伝法習禮会
当寺は眞言律宗教興寺の一院たりし名刹にて聖徳太子の信仰厚かりし寺院なり。かって太子仏敵物部守屋を成敗の砌り、当寺にその戦勝を祈願遊ばされた後は更に信を深くし給へり。その後幾多の兵戦に禍され、巍々たる名刹も名のみを残すのみとなれり。然るに元禄年間融通念佛宗の碵徳大通上人によって再興され寺名もこの時大通寺と改め徳宝山の山号を受けた。その後奥丹後の震災により本堂傾きたるためこれを毀ち假本堂を再建せられるも担信徒の特別な寄進により昭和22年4月21日再興し現在に至る。同寺に近松門左衛門の傑作お初徳兵衛の墓あり。
第16番   <御本尊> 千手観音   真言律宗
〒581-0874
大阪府八尾市教興寺7-21
TEL 0729-41-7261
<交通>
◎近鉄大阪線高安駅から東へ徒歩15分。
<年中行事>
1月元旦 正月会
2月3日 節分会
8月23日24日 地蔵会
8月27日28日 不動会
当寺は、聖徳太子が物部守屋を征伐された時、秦川勝が太子の発願をうけ仏教を始めて興起する寺、「教興寺」と名づけて創立され、獅子吼山三昧院と号した。金堂に弥勤菩薩、講堂に千手観音を安置し臨池式伽藍をなしたと伝えられる。鎌倉時代の、文永弘安の蒙古襲来の折、亀山、伏見院の御幸があり、西大寺叡尊は院の勅命をうけ、千手観音の宝前において蒙古降伏祈祷を営み、祈願成就をなしえた。その後永禄5年畠山高政と松永・三好の合戦で伽藍を焼失す。降って江戸時代浄厳覚彦和尚の発願により現在の教興寺が再興され、かの浄瑠璃の近松門左衛門は久しく寺に寄宿したと伝えられる。
第17番   <御本尊> 聖観音   曹洞宗
〒581-0872
大阪府八尾市郡川6-3
TEL 0729-41-6364
<交通>
◎近鉄大阪線信貴山口駅から東へ徒歩15分。
<年中行事>
4月18日 観音大祭(本尊ご開帳)
8月15日 盂蘭盆会
大覚山と号し曹洞宗に属す。本尊は聖観世音菩薩である。
長曽我部氏の子孫好山和尚がこの地に土佐大守山内家の祈願寺として建立したといわれる。境内には神霊泉が湧き本堂には沈氏の流れをくむ狩野得水による雄渾な龍の絵が天井いっぱいに広がっている。また本堂前の大覚山の扁額は一世好山和尚の筆である。
境内に八尾環山樓主石田利道を始め石田家一族の墓碑群がある。附近には古墳が多く、山門前を東方に石段を上ると清涼塔がある。開山好山和尚の墓である。
第18番   <御本尊> 聖観音   臨済宗妙心寺派
〒581-0865
大阪府八尾市服部川9-140
TEL 0729-41-4055
<交通>
◎近鉄大阪線服部川駅から南東へ徒歩7分。
当寺は豊門長者の信最も厚き直宗和尚が丹波の守(万祥院殿四品瑞山紹運大居士)を開基とし豊門長者の屋敷跡地に創建したに始る。現在も門前には当時豊門長者の屋敷に出入した人々が馬を洗ったという池(馬洗池)がある。また入口には附近の住民が絶えずお参りする稲荷の社がある。尚当寺の本山は禅ブームに沸く京都の妙心寺である。
第19番 (岩田)  <御本尊> 十一面観音   新真言宗
〒578-0947
大阪府東大阪市西岩田1-2-21
TEL 0729-61-4860
<交通>
◎近鉄奈良線若江岩田駅から北西へ徒歩20分。
<年中行事>
1月1、2、3日 修正会
2月2、3日 節分星祭
3月旧初午 貴之高稲荷大祭
7月10日 千日講大祭
8月16日 施餓鬼会
8月23、24日 地蔵盆
11月3日 貴之高稲荷大祭
尚、毎月18日、24日午后2時より5時迄水子供養(御祈祷)を行っております。
本寺院は寛延年中慈雲尊者の弟子高峰智興大尼の開基にして大尼は其の弟子互鏡慧上尼と共に尊者の命により、四天王寺に於て聖徳太子の糞掃衣を親験し且つ二衣を模製し尊者の干衣裁製に盡力す尊者師命に依て初めて此寺に於て法憧を樹立し寺を結界して増坊とし正法律の根本道場として四衆を教化さられました。
本尊十一面観世音菩薩及び不動明王、愛染明王は弘法大師の御作と。傳へ霊験あらたかにて往昔より遠近多数の参拝の善男善女をあつめている。
又境内西北には東大阪(河内)の鎮守貴之高稲荷大明神が鎮座されている。
第20番   <御本尊> 十一面観音   臨済宗妙心寺派
〒584-0054
大阪府富田林市大字甘南備1103
TEL 0721-35-5161
<交通>
◎近鉄南大阪線富田林駅下車バスで甘南備下車前。
<年中行事>
1月1日〜3日 修正会
1月5日 正行忌
3月28日 開山忌
5月25日 正成忌
7月17日 楠妣忌
8月17日 盆施餓鬼
3月9月17日 彼岸会
正平の昔、楠公夫人久子の方が我が子正行戦死の後生れ故郷の甘南備に庵をむすび十一面観音をまつり、ひたすら一族の冥福を祈る。正平19年7月17日61才で寂し「楠妣庵玉山本圓大祥定尼」と諡した。その後観音堂に祀りこれと楠公夫人念持仏として今に伝えられてきた。
宗派 臨済宗妙心寺派
山号 峯條山楠妣庵観音寺